自分の楽しませ方を知っているか。

このままでいいのか、はたまたこのままではいけないのか、最近は自分の中でブレ続けることが多い。学校に行くなり仕事をするなり、『全ての人間は何かをしていなければいけない』という風潮が蔓延するこの世の中にいると、今、『何もしていない』自分を責め始めることになる。何もしていない(何もしない)ことは、罪なのだろうか。何もしていない【ただ生きている】人間に、価値はないのだろうか。みたいなことを考え始めると、「全然そんなことはない!人間は何もしていなくても価値がある!」と思う一方で、「でも、何もしていない状態は端的につまらないよね!」と思う自分がいる。というわけで、広島県尾道市に行ってきた。

 

 

 尾道の街並み。

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「広島県内で住むとしたら何処ですか?」と聞かれれば「尾道です!」と即答できるくらいには尾道が好きだ。どうして好きなのか自分でもよくわからないけれど、歩くだけで心が落ち着く。読者の想像を掻き立てるために画像をある程度控えさせていただくが、良い感じに歳をとったおばあちゃんを想像して欲しい。元気溌剌!元気モリモリ!なおばあちゃんではなく、低く腰が曲がったひょろひょろのおばあちゃんでもない、柔和な笑顔で全てを許してくれるような可愛いげのあるおばあちゃん、町全体がそんな感じの雰囲気を帯びている。

 

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尾道に来たは良いものの、そこで何をするのか全く決めていない私は、とりあえず自慢のCarryMeで商店街を滑走する。良い感じのパン屋さんを発見して、なんとなく入ってみる。チーズの入ったベーグルとメロンパンを買い、それを齧りながらなんとなく「尾道は歩いた方がいいのかもしれない」などと思った私は、CarryMeをキャリーしながら商店街をぶらぶら歩いた。

 

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尾道駅のすぐ近くには、千光寺山なる小さな山がある。この山が可愛い。建物、階段、塀、細い路地、あらゆるものに可愛さが施されている。歩くだけで楽しい。人慣れした猫がそこら中で日向ぼっこをしていて、和む。以前尾道に行った際に利用した、尾道の街並みを一望することができるゲストハウス『みはらし亭』に行くと、今月はお休みをしているらしかった。ので、商店街をぶらついた時に発見した『あなごのねどこ』というゲストハウスに宿泊をした。どちらも良い感じのゲストハウスなので、超絶オススメをします!

 

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自分の楽しませ方を知っているか。

私はかつて、岡山県の農家さんと岐阜県にある温泉旅館で(無給で)働いていたことがある。その時一緒に働いていた従業員の方が、それぞれ見事に対照的であった。年齢はお二人とも30代くらいで学歴も同じく中卒だったけれど、岡山県で一緒に働いていた従業員の方は、独立して農家になることを目指し毎日農業のことを考えていた。雇い主の方(社長)とお話をする時も、熱心に農業のお話をしていた。その姿が実に楽しそうで、「こんな大人になれたらいいな~」みたいなことを本気で思った。一方、温泉旅館で一緒に働いていた従業員の方は、なんだか常にイライラしており、一緒に夕食を食べているときも、社長の愚痴ばかりいつも口にしていた。

 

当たり前のことだけれど、楽しそうにしている人を見ると「良い感じだな~」と思う。楽しそうにしている人の話は聞こうと思えるが、常に何かしら良くない感じのアレを漂わせている人の話は聞こうとは思えない。人を見る時、その時の基準は端的に言うと『楽しそうであるか否か』である。まず、楽しそうにしている人間は、可愛い。ヨタヨタと歩く2歳児の子供を見るだけで「超絶可愛い!」と思えるのと同じ原理で、生きていることを楽しんでいる人は、それだけで周囲の人間を癒す効果がある。

 

頭が良い人間、知性のある人間とは、どういう人間なのだろうか。みたいなことを時折考えることがある。テストで高得点が取れる人間なのだろうか。膨大な知識を持っている人間なのだろうか。それも頭が良いということになるのだろう。しかし私が思うに、本当に頭が良いということは『自分の楽しませ方を知っているということ』だと思う。根本的に私は、人生は楽しむためにあると思っている。どれだけテストで高得点を叩き出せても、どれだけ膨大な知識を蓄えていても、それによって自分自身を楽しませることができていなければ、それは人間が持つ知能を使い切れていない【本末転倒である】ような気がする。

 

 

 電撃が走る。

卒業旅行ならぬ卒業間近旅行をしている二人の大学4年生の方とゲストハウスで知り合い、夕食をご馳走していただいた。東京の某有名大学に通う彼らは、愛媛県松山市を経由して尾道を訪れ、その後は岡山県倉敷市に向かうという極めてマニアックな移動をしていらした。移動の際はゲストハウスを頻繁に利用するくせに、同じゲストハウス利用者と仲良くなれた経験があまりにも少ない私は、今回、思いのほかこの方たちとすんなり仲良くなれたのが嬉しかった。「私はこの人たちに会うために尾道へ来たのだ!」と言えるくらいに嬉しかった。

 

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夕食後は一緒に近くの銭湯に行った。21時に閉店するこじんまりとしたこの銭湯に20時半頃入浴した我々は、最後の利用者だった。一足先に私が風呂から上がり脱衣所で着替えていると、彼らは散乱しているバスチェアと洗面器(私が使っていたものも含め)全てを元の場所へ片付けていた。それが私の中で衝撃的で、「オウマイガッ!!」と脱衣所で一人全裸で唸った。私が見ていなくても、誰も見ていなくとも、当たり前のように善い行いをする彼らを見て、圧倒的な敗北感を覚えた。誰も見ていないところで、善い行いをしている人を、自分だけが密かに見てしまった瞬間には電撃が走る。「ああ、やはりこの人たちに会うために尾道へ来たのだな!」と思った。

 

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 所作、言葉遣い、態度にもその人の知性が出る。良い感じの人とはつまり、その人から知性が溢れ出ている人のことなのだろうか。良い感じの人と出会うと、「自分はまだまだだな~」と思うと同時に「自分も良い感じになろう!」と思える。良い感じの人と出会うということ、これは本当に素晴らしいことだと思う。さっきから小学生みたいな文章をタラタラと書いてしまっていて非常に申し訳ないけれど、最終的な結論としましては、やはり尾道は良い感じの町だな~ということであります。以上!解散!

 

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