自意識との勝負である。

クリスマスが近づいている。クリスマスには馬鹿なことをやりたいな~!みたいなことを思っている。中途半端に馬鹿なことではない、100人が100人「馬鹿だ!」というような馬鹿なこと、そんな馬鹿なことを大馬鹿真面目にやりたいと思っている。馬鹿だと思っていることも、恥ずかしいと思っていることも、怖いと思っていることも、その本質は『ちっぽけな自分の解釈』に過ぎない。自分の解釈を超えて、馬鹿なことをやる。恥ずかしいことをやる。恐れていることをやる。このようなことをした経験が、強烈な記憶【思い出】として脳味噌に深く刻み込まれ、自分の人生において圧倒的な輝きを放つ(はずである)。

 

 

 まだまだである。

初対面の人と話をするとき、自分自身に対して強烈に感じているのは「まだまだ自分という人間を出し切れていない」という感覚である。これはつまり、話したいことを話そうとしていない【大して話したくないことを話している】、とか、笑いたいときに笑えていない【笑いたくないときに笑っている】ということである。自分の中で、まだ何かを押し殺している。出し惜しみをしている。不完全燃焼している部分が不快感を残す。これは、まだまだ私自身、覚悟ができていないということだろう。「できるだけ嫌われたくない」「できるだけ自分を理解して欲しい」みたいな感情に囚われてしまっている。このような感情に囚われている限り、人とコミュニケーションをする度にずっしりとした疲労を覚えることになる。

 

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行き詰っている。

たまに、小学生の頃の自分を顧みる。現在の自分と比べると、圧倒的にはっちゃけ回っていた小学生時代の私は、完膚無きまでにクソガキであった。率先して行事の仕事を遂行してはドヤ顔をして、休み時間は運動場を馬鹿みたいに走り回り、授業中の発表も決して怠ることはなかった。分からなくても手を挙げていた。今のように、自意識が囁きかけてくるなんてこともなければ、人間関係に悩むようなこともなかった。「嫌われたくない」とか「理解して欲しい」とか、クソガキであった当時の私に、所謂『他人』は関係無かった。完全に『自分』に集中をしていた。要するに、小学生の私は(自分でも言っちゃえる程に)『純粋』であった。

 

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今、行き詰まりのようなものを感じている。このまま行けば行くほど(なんか知らんけど)泥沼みたいなところにズブズブと沈みこんで行くような、そんな感じがしている。「俺は年を重ねるにつれて腐っていっているんじゃねーか」みたいなことを思う。これは多分私だけではないのだ、とも思う。年を重ねるにつれて、大人になるにつれて、『自分』よりも『他人』という存在の方が大きくなり、そしていつの間にか、話したいことを話せず、笑いたいときに笑えていない自分になっていることに気付く。適当な関係性で群れを成し、「自分は一人ではないのだ」みたいな錯覚へ逃げ込む。損得勘定に惑わされ、時には他人を蹴落としてまで有利な道を進もうとする。やりたいことを我慢し、やりたくないことに耐え続けるみたいな日々が連続する。これが『大人になる』ということなのだろうか。自分は、徐々に腐っていってんじゃねーだろうか。自意識は頻繁に「嘘をつくな」と言っている。ひょっとすると、私が抱えている自意識というのは、実は小学生の頃の自分なんじゃないのか、みたいなことを思ったりもする。

 

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精神を磨き上げる。

ランドセルを背負いながらバタバタ走り回っている小学生たちを見ると、「コイツらに負けてはいけないな」みたいなことを思う。これは、純粋性の勝負である。誰もが生まれながらにして持っている馬鹿正直な心、透き通るような瞳、純粋な精神を、年を経てもなお自分は護り抜けているか。小学生を見た時、私はそういうことを自分に問う。

 

 私は、小学生の頃の純粋な精神を取り戻したい。完全にあの頃の純粋性を取り戻すことは不可能なのかもしれない、でも、小学生の頃の自分に恥ずかしくないような、胸を張れるような、そんな自分でいたいとは思う。いつの日からか『他人』を気にするようになってしまった軟弱な己の精神に鞭を打ち、大人になるにつれて徐々に薄汚れていった精神を、少しずつでも、綺麗に磨き上げていきたい。そんなことを思ったりする。

 

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 精神を磨くとかなんとか格好つけておきながら先程父親と些細なことで揉めた。まだまだである。怒りの感情を抱く時、その怒りが自分自身に向いていることは多い。怒りの対象である相手に1割、自分自身に9割。過剰な自意識は静かに囁く。「(こんなことで怒っている)お前は所詮その程度なのだ」ということを、凄まじい破壊力を持って突き付けられる。それが、いちいちつらい。だが、負けるんじゃない。精神の研磨に励め。いちいち反応をするな。純粋性の勝負とはすなわち、自分【自意識】との勝負なのである。