生きづらい。

幼い頃からなんとなく思っていたことなのだけれど、『お風呂はエグい』と思う。何がエグいのかというと、シンプルに『水の量がエグい』。あの一つの浴槽で、一体何リットルの水が使われているのだろうか。自分が毎日お風呂に入ることに、なんというのだろうか、『申し訳なさ』みたいなものを感じてしまい、抵抗感さえある。「え、自分がこんなに大量の水を使ってもいいのですか?」「え、しかもたかだかシャンプーを洗い流すためだけにこんな大量の水を垂れ流しにしてもいいんですか?」みたいなことを思ってしまって、なんだか凄い、地球あざす!!!みたいな気持ちになる。だって、365日毎日一回は必ずお風呂にお湯を張るんですよ。しかも、日本だけでも人口がだいたい1億2000万人。それだけの人が毎日必ず、だいたい同じ時間帯にお風呂にお湯を張っているわけですよ。水の量がエグい。お風呂、マジエグい。

 

f:id:hase9822:20170806232811j:plain

 

お風呂は好きなんですけど、お風呂に入る瞬間毎度毎度こういうことを思ってしまって、ダイレクトに精神的ダメージを食らう。「うわぁ……」ってなる。感謝の度が過ぎてしまうと、かえって自分の首を絞めることになるんだなということを知った。で、毎日身体をゴシゴシやっていると、「アレ、俺って、毎日なんでこんなことしてるんだっけ」みたいな、ありえない場面で(まさかの風呂場で)ゲシュタルト崩壊が起きてしまって、ちょっともう、いろいろとヤバいところまで来ている。なんというのだろうか、率直に言うと『生きづらい』。成人式とか同窓会とか飲み会とか人の大勢いる場所には行けないし、薄いコミュニケーションをしていると死にたくなるし、作り笑いをしているとありえないぐらい疲れるし、毎日同じことを繰り返していると「俺はいつまでこんなことを続けるのだろうか…」みたいなことを思うし、特にやりたいこともないし、嫌なことを我慢してやっていると集中力は10秒で切れるし、授業中も話を聞いている風に見せかけて実は全く話を聞いていないし、ニュースを見ていると「なんなんだこれは」と思ってしまうし、密集した家々を見ていても『金で独占された空間』に見えてくるし、大学を卒業して、ちゃんと就職をしてちゃんとした仕事をちゃんとやり続けるみたいなイメージがまるで湧かないし、なんというかとにかくもう、いろいろと生きづらい。

 

f:id:hase9822:20171104181228j:plain

 

もしかしたら自分は社会不適合者的なアレなのだろうかと思う瞬間は頻繁にあるけれども、その度に反骨精神を剥き出しにして「いやいや、俺はまだまだ全然やれるぞあほんだらあ」と思ってはいる。けれども、いざ何かに取り組もう!と思って実際に取り組んでみても、すぐに飽きる。大学の授業で英語をやっていても、ドイツ語をやっていても、一体なんなんだこれはああああ!と、根本的にこんなことがしたいんじゃなあああい!みたいなことを思ってしまって鉛筆を放り投げたくなる(それで一回大学から逃げた)。自分の命をちゃんと使い切れていないという感覚。ちゃんと出し切れていないという不快感。かと言って特にやりたいこともない【命を使い切る対象が無い】。そのような感覚に襲われて、謎の悔しさに駆られる。来るところまでは来た。全力も尽くしている。しかし全く歯が立たない。この状態を何と言えばいいのだろうか。『背水の陣、頑張ったけどほぼ溺死』である。アップアップしながらなんとか生きながらえているが瀕死の状態。しかしながら、そのような状態の私とでも一緒に居てくれる人の存在、一緒に遊んでくれる人の存在、一緒に笑ってくれる人の存在が、生きる希望になっている。マジでありがたい。ここに感謝を申し上げたいと思う。

 

f:id:hase9822:20171116103857j:plain

 

多分、私が圧倒的に弱いだけなのだと思う。周囲の人と自分を比べると、何もかも負けている気がしてならない。私がもがき苦しんでやっていることを、周囲の人達は何食わぬ顔で平然とやってのけているように見えてしまい、とてつもない劣等感と疎外感に襲われる。実際に平然とやれてしまうぐらいに周囲の人達が強いのだろうか、それとも私と同じようなことを内心思っていて何かしら体裁を保っていたりするのだろうか。これは多分、私がさみしさに取り憑かれていて仲間を欲しているだけだ。このようなことを話し合える友達が欲しいだけなのだと思う。これはマジでおかしいだろうみたいなことを誰かと共有することができた時、自分は一人ではないのだと思える(逆にちゃんと話し合えることができなかった時、私自身が干からびていく)。感覚的な話になるが、私は『人間はどこかで繋がっている』と思っている。何で繋がっているのか、それが『さみしさ』になるのだと思う。

 

f:id:hase9822:20171116103729j:plain

 

しかし『さみしさ』に取り憑かれて、それを解消しようと躍起になり過ぎるあまりにゾンビになってはいけない。周りが強いとか弱いとかどうであれ、自分は一生自分のままなのだろう。自分が自分の中で最善を尽くしても、それでもなお圧倒的な弱さを抱えたままなのであれば、それはもうそのまま突撃しろということなのだと、そう思うことにする。であるならば、私に残された道はただ二つ。『嘘をついて生きる』か『正直に生きる』か。私は、嘘をついて【体裁を保って】いると死にたくなる。それから、根本的に人生は楽しむためにあると思っている。自分の弱さを隠し、嘘をついている状態では、何も楽しむことができない。「嘘がバレないだろうか」「嘘がバレたらどうしよう」みたいな思考に取り憑かれて、何も手につかなくなる。正直に行こう。正直な道を選んだ先には、同じように正直な道を選んだ人間がいるはずだ。私はただ、正直なことだけを取柄にして、こんな自分でも一緒に居てくれる人たちと共に、人生を楽しみたい【遊びたい】だけなのだと思う。

 

 

 

f:id:hase9822:20171206144341j:plain