ヒッチハイク自論

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 9月4日(月)~9月6日(水)まで、第2回サバイバルキャンプをしようと思って鼻息荒く高知県(初!)へ向けて出発したのだが、岡山県に到着した時点で、ふと、ファイヤースターター(火打ち石的なアイテム)を忘れたことに気付き、テンションが急降下。やる気を完全に失った。マッチとか、チャッカマンで火を起こすつもりは毛頭ない。こうなったら、もう、サバイバルキャンプなんてどうでもいい。とりあえず瀬戸大橋(初!)だけは渡っておいて、鳴門大橋・明石海峡大橋を通って姫路に帰る。

 

[過去記事]死にたくなったら死にに行く。 - 自由はじける

 

 

ヒッチハイクは厚かましく、かつ丁寧でなければならない。

テンションが急降下し、やる気を完全に失ったからという自己中心的な理由で吉備SAを徒歩で降り、香川県へ向けて下道をCarryMeでかっ飛ばす。

 

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おかげ様で、マグネット付きホワイトボードとCarryMeの相性が抜群だということが分かった。そしてこのまま一縷の望みを持って移動したが、さすがに誰も乗せてくれなかった。しかし、何もしないよりかは確率は上がると信じている。CarryMeは折り畳めるということを知っていて、なおかつ瀬戸大橋を渡って香川県に行く人がいるかもしれない可能性も、ある。ヒッチハイクは、厚かましく、かつ丁寧でなければならない。

 ここでの丁寧とは、可能性を捨てないということであり、そんなワケあるかいなという可能性にも希望を持つ【わずかな可能性をいい加減に扱わない】ことである。

 

 

ヒッチハイクは身軽で行きたい。

これはヒッチハイクだけに限る話ではないけれど、常に身軽でいたいと思う。初日は香川県高松市の海岸沿いにテントを張って、寝た。テントの中で眠ると、『自分だけの空間(秘密基地!)』に居ながらにして、地球上の生命を全身で感じ取ることができる。家の中にいるとなかなか感じることはできないけれど、空気は、植物は、山や海は生きているのだと、そういうことを生身で感じ取ることができる(テント泊した人にしか分からないかもしれない)。が、やはりテントは大きい。運ぶのが面倒臭い。ハンモックが欲しいなと思う。ハンモックであれば、テントよりかは幾分か小さくなると思う。ハンモックが欲しい。ヒッチハイクは身軽で行きたいと思う。

 

 

ヒッチハイクは神様との勝負、すなわち『運』である。

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ヒッチハイクでなかなか車が捕まらず膠着状態に陥ると、まるで神様と勝負をしているような、果てしない絶望感に襲われる。しかし私は負けず嫌いの頑固おじさんなので(神様を全く信用していないので)、「ここで諦めたら負けだ」「意地でも諦めない」「何時間でもここで待ってやる」「神様しね」と自分に言い聞かせ、自分を奮い立たせ、ひたすら、震えながら、待つ。ヒッチハイクのコツと呼ばれるものは全て、『運』を前提にしているということを忘れてはならない。極論、車がビュンビュン通る2号線を親指一本でヒッチハイクできる可能性は、ある。ヒッチハイクは神様との勝負だ。

 

 

ヒッチハイクは続く。

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コミュ障の私がどうしてこんなにもヒッチハイクを続けることができているのか、正直自分でも驚いている。車内での会話が全然弾まないこともあれば、ヤケに盛り上がることもある。時間の無駄だ、非効率的だと思うこともある。いろんな人に出会えて、いろんな話も出来る。この人嫌だなと思うこともあれば、この人良いなと思うこともある。しかし私はそんなことよりも、知らない人の車に乗って、知らない場所に行くという、(たったそれだけのことなのですが)たったそれだけのことに、自分の心が「良いな」と思う瞬間がある。だからヒッチハイクは続くのだと思う。

 

 

次は海外でやりたいと思う。東北とかはまだ行ったことがないけれど、どうせ後々行くことになると思うので、とりあえず、今のところ日本はもう充分かなと思う。海外(特に東南アジア)で、全く言葉が通じないところでやってみるとどうなるのだろう、殴られるのだろうか、盗まれるのだろうか、やはり殺されるのだろうか。恐ろしいことしかイメージすることができないけれど、多分、日本よりもノンコミュニケーションでイケる気がする。言葉が通じないことを武器に、コミュ障である私は逆に日本よりも気楽にヒッチハイクができそうな気がする。そんなことを夢見て、今、猛烈にお金が欲しい。