現代は、コミュ障患者ストレスフル社会である。

パンとか弁当とかを持ってレジに行くと、店員さんから「あたためますか?」と聞かれます。

 

 

重度のコミュ障を抱えている私にとって、店員さんとのコミュニケーションは至難の業です。苦行であります。

というかそもそも、レジの店員さんとの一連の会話を「コミュニケーション」というカテゴリーに分類しても良いものなのかどうかが甚だ疑問であります。

 

 

「あたためません」

「結構です」

「どっちでもええがな」

 

 

どの返答も怒っている風に聞こえそうで、非常に怖いです。どのくらいの声のトーンで話そうかということを、コンマ数秒の間に考えなければいけません。

おそらく声のトーンなどは気にしなくても、爽やかな微笑みをかけて返答さえすれば、おそらく何の問題もないのでしょうけれど、そういう爽やかな微笑みを掛けられる程の人格が私には備わっていないために、私は声のトーンに頼るほかないのです。

 

 

声のトーンを気にするあまり、脳がオーバーヒートしてしまうと、

 

 

いや、¥%7#!#&ぇす

 

 

などと、うやむやにしてしまう傾向にあります。

うやむやにしてしまった結果、店員さんもどっちにしたらいいのかわからず、店員さんもうやむやにしてしまいます。

 

 

 

 

ガサゴソ…ガサガサ……

 

 

 

「レシートはご入り用ですか?」

 

 

たまに、店員さんはこのように聞いてきます。

おそらくこの店員さんは、普段買い物をする際レシートを受け取ることに邪魔臭さを感じているのだと思われます。

 

そのため、「もしかしたらこのお客さんは私と同じ、レシート要らない派の人間なのではないか?」というある種の仲間意識、ある種の親切心から、「レシートはご入り用ですか?」などと質問しているのでしょう。

 

なんという当事者意識、素晴らしい!!!!!

 

 

 

っておいおいおい、甚だ迷惑だやめてくれよおい。

 

 

 

 

正直なところ、レシートなどはあってもなくても良い。そんなものこの地球上から無くなったって誰も困りはしない。

問題は、『レシートの存在などという極めてどうでもいいことにわざわざコミュニケーションを必要とする』ということであります。キャビアでブラックバスを釣り上げるくらい馬鹿げています。

このようなことを書くと、「クソコミュ障消えろ」とか言われそうですが、おいおいおい、クソコミュ障だからこそ気にするわけですよそこんとこ分かってくれ。無言でさえいてくれればそれで平和だったんだ。

 

 

もっと言わせていただきますと、「ご入り用」という言葉が妙に気にかかります。

 

 

「いりますか?」が物凄くゴツくなった感じがして、ちょっと受け付けません。

敬語とかそんなんどうでもいいから、せめてフラットに「レシートいります?」とかそういう感じで聞いてくれればいいのですが、それは私のわがままですか。

 

 

それからこれはマクドナルドでのお話になるのですが、マクドナルドの店員は基本笑顔で対応しているように思います。素晴らしいです。さすがマクドナルドです。

しかしですね、スマイルを頼む前から無償のスマイルが降り注いできますと、注文に支障をきたします。店員さんの顔を見ながら注文ができないわけです。さぁ困った。

 

なので私は、あらかじめ注文するものは決めているにも関わらず、注文するとなると台の上に置いてあるメニュー一覧表的なものを凝視して、あたかも「今注文するやつ決めてますよ」感をじわじわ出つつ、うつむきがちに注文をしています。

 

店員さんからの無償のスマイルなど、私には必要ありません。眩しいだけです。注文を承ってくれるだけで充分です。

 

 

 

 

コミュ障を抱えた人々が、もっと楽に生きていくことはできないものなのでしょうか。

 

障がい者が、少しでも生きやすくなる社会になって欲しいものですね。

 

 

 

 

 

ちなみに、私自身がコミュ障を治そうとすることはありません。byコミュ障 yeah

 

 

www.jiyu-hajikeru.com

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