他の人にシャンプーをしてもらうとどうしてこんなに気持ち良いのか。

 

不思議なものですね~。

 

 

自分でやるとそうでもないのに、他の人にシャカシャカしてもらうと非常に気持ち良いですよね。

 

幼い頃は父親と一緒にお風呂に入ってたんですが、その時はいつも父親に頭を洗ってもらってました。

他の人にシャンプーされるだけで充分気持ちが良いのですが、父親のシャカシャカする勢いは他に類を見ない程物凄くてですね、シャカシャカされる度に頭が猛スピードで振動してたんですが、その振動がまたクセになるといいますか、ええ、

 

 

超気持ち良い。めちゃんこ気持ち良い。ハイパーウルトラ超気持ち良い。

 

だからと言って今、父親と一緒にお風呂入りたいとは思わないわけですね。不思議ですよね。

 

 

幼い頃は親の指示で散髪屋に行くべし!みたいな伝統が、我が家には深く根付いておりまして、幼い頃の私はそれが物凄く不服だったわけです。

 

 

何?その伝統、ぜってー行かねぇし!ばーかウンコ!

 

 

とか思ってたわけです。

しかし、実際行って髪を切った後に、いざシャンプーしてもらうと、もう、ヤバいです。

 

超気持ち良い何あれ!

 

もう髪とか切らなくていいからずっとシャンプーしてて!と思ってました。

 

けれども幼い頃からひねくれ者の私は、髪を切った後は両親に

 

 

「もう絶対行きたくない」

 

 

とか言うわけですね。

馬鹿だな~、素直にシャンプー超気持ち良かったまた行きたいですって言えよ。そのついでに、実は顔面の産毛処理も大好きですって言ってしまえよ。

 

 

 

そしてワタクシ、考えました。

どうして他の人にシャンプーしてもらうとこんなに気持ち良いのかについて。

 

 

いやほんと、現代のあらゆる科学を駆使しても、この難問を解くのはかなり難しいのではないかと私は睨んでいます。人類史上最大の難問が今、我々の前に立ちはだかりました。

 

 

私が思うに、この快感は、

 『自分の脳による、ある種の錯覚』ではなかろうかと推測します。

 

つまり、自分の脳が、「シャンプーをするために手を動かせ」という伝達を送っていないにも関わらず、シャンプーをしている時の感覚だけが一方的に送られてきたためにパニック状態となり、この驚きが誤って「快感」へと錯覚されているという仮説です。

痛すぎて痛みを感じない的なアレです。自然に備わっている防衛反応とも言えるでしょう。

 

 

しかし、この仮説には1つ弱点があります。

脳の錯覚があまりにも長時間持続し過ぎているという点です。

 

 

シャンプーをされた瞬間、脳が錯覚を起こして「驚き」が「気持ち良い」に変化するのは納得がいきますが、ところがどっこい、シャンプーをされた瞬間だけではなく、長時間シャンプーをされてもまた「気持ち良い」のです。

つまり、『驚き』が『快感』のまま感知され続けてしまっているのです。錯覚が錯覚のまま認識されているというわけです。

 

 

これはすなわち、痛過ぎて痛みを感じない的な状態が長時間持続しているのと何ら変わりありません。

 

これが何を意味するか分かりますか?

 

 

 

そう、

 

 

 

『死』 です。

 

 

 

シャンプーをされる際『驚き』が『快感』と錯覚される=痛すぎて痛みを感じない

痛すぎて痛みを感じない状態が長時間持続している=死

 

 

この連立方程式を解くと、あろうことか、

 

 

シャンプーをされた時の快感=死

 

 

という解が導き出されます。オウマイゴッド!!

 

 

 

つまり我々人類はそこらへんの散髪屋で、ナチュラルに臨死体験を経験し快感を覚えているということになります。世も末ですね。

 

 

 というわけで、

 

他の人にシャンプーをしてもらうとどうしてこんなに気持ち良いのか、という難問に対する私のアンサー、

 

 

 

それは、

 

 

 

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になります。

 

 

 

 

 

 

ドドドドドッドドドドドドドドドッドドドドドド!!

 

 

 

 

 ……

 

 

ドシャっ…(ピクピク)