かんかんがくがく、侃侃諤諤の極みであります。

やばい、そろそろバイトを始めないといけない。

 

 

お金が無いのも理由の一つなのだけれど、この世の中では、学生であれど働かない者は下等生物であるという認識が広く浸透しているために、今現在無職のプー太郎である私は、下等生物になりつつある。というか既に下等生物である。時すでに遅し。

 

 

 

初めてやったバイトは、個人が経営する飲食店。

 

私はこのバイトを3日でやめることに成功した。

「合わなかった」「気に入らなかった」「頭がおかしくなりそうだった」が最大の理由になる。

 

その後、今度こそはと意気込んで塾講師を始めてみるも、因数分解レベルのテストを見事に合格しただけの私が、いきなり生徒に勉強を教えてもいいのだろうかという素朴な疑問が湧き上がり、遂には「もしかしたら私は詐欺師なのかもしれない」という自己嫌悪の闇に引きずり込まれ、辞めるか辞めないかの葛藤に苛まれる中、わずか二回の授業でその腕を認められた私は、塾長から次から次へと出張塾講師を頼み込まれ、ベテランカリスマ講師さながらの匂いをプンプンさせながら、助っ人として各地の塾へ参上しては、精神的・肉体的な疲労が募り、わずか一か月で塾講師を辞める。

「これで成績があがるはずがない」「あやうく詐欺師になりそうだった」「タクシー出勤最高」が最大の理由になる。

 

 

その後、近くのリサイクルショップで働かせていただき、およそ半年もの間素晴らしい店長の下で働いたのだけれど、その頃には旅に出て出家をしたいという思いが爆発的に沸き起こり、辞めた。

「全て嫌になった」「海の藻屑に消えたい」「地平線を見に行きたい」が最大の理由になる。

 

今こうして、私のこれまでの経歴を振り返ってみると、働く働かない以前に、人間としての大事な何かが明らかに欠如している、議論の余地なき下等生物としての私があらわになる。

こういう人間のことを『社会不適合者』と呼ぶのだろうか。

 

 

しかし、私は一体これからどうなるのだろうかという不安はあるものの、一切それを恐れていないというところが逆に恐い。非常に恐い。

 

未来というものは自分で切り開くものであり、切り開こうとしない者に未来はない。そう、私に未来はないのである。

未来のない私は、『今現在の私がやると決めたこと』をするしかなく、『社会不適合者』という烙印を押されながらも「それがどうしたばっちこい」というマインドで周囲を威圧し、他を圧倒することなく、世を震撼させることはとうとうできず、そして、桜吹雪のように、散る。

 

 

私の短所は、「面倒くさくなったらすぐに辞める」ことなのかもしれない。

 

私の長所は、「行動力がある」ということなのかもしれない。

 

 ノープランでヒッチハイク旅をしている時、多くのドライバーさんから「君は行動力があるね」という言葉をたくさんいただいたのだけれど、私の中での行動力とは、『面倒くさくなって逃げるスピードのことである』という定義が今、たった今、成立しつつある。長所と短所の一致。表裏一体とはまさにこのこと。

 

物は言いようなのだ。

 

 

華麗なるランナウェイを決め込んだ者はつまり行動力のある者であり、行動力のある者はつまり面倒くさくなったらすぐに辞める人間である。

 

 しかし、行動力のある人間がこの社会で需要があるかと問われれば、答えはおそらく「NO」であり、「NO」であるということはすなわち、私は『社会不適合者』というゆるぎない事実が、より一層揺るぎないものになるということだ。

 

 

別に卑屈になっているわけでもなければ、自暴自棄になっているわけでもない。

 

ただ、年老いて改めて人生を振り返った時、寿命を迎え安らかに病院のベッドで眠っている時、もしくは不慮の事故か何かの瞬間で見る走馬燈の中に、『生きた』という確かな実感を感じられるくらいには、私は私としての人生を送りたいと思っている。

 

 

人生は意外にどうにでもなるという楽観主義の境地に到達することができれば、あらゆる不安は不安でなくなり、不安は不安以外の何物でもないということに一切不安を抱かなくなる。もう全く訳が分からない。何を言っているのか分からない。

 

何を言っているのか分からないのだから、もう全く訳の分からないことについて考えるのはやめにしよう。硬く考えるのはもうやめようと決意した時、私は真の社会不適合者としてバリバリの人格を保有するに至った。

 

これでも私は、人間失格などとは全然思っていない。

私こそが人間だ。異論は認めない。

ポジティブとネガティブ、コメディとトラジディ、オプティシズムとペシミズム。

それらすべての境地を経て、何度も何度も繰り返す。永遠ループ。私は人間だUNKO

 

 

くっそ、今猛烈に泣きたい。

 

最高の嬉し涙を流したい。