服を買うということは、つまり、戦うということです。

服を買いたいので、服を買いに行く。

 

巨大なショッピングモールに行く。

 

ここには数多のアパレルショップが軒を連ね、通りがかる我々消費者の購買意欲をそそってくる。

 

ここは幼い子供から高齢者まで客層が極めて広く、テーマパークのような様相を帯びている。

 

 

私は適当に、そこらへんのお店に入る。

 

綺麗に陳列されている色鮮やかな服を見る。

 

足を組んで座らされている繊維強化プラスチック製マネキンの顔面を見る。

 

人はどうしてオシャレをするのだろうかということを考える。

 

人はどうして己のボディーを隠そうとするのかを考える。

 

考えても考えてもおよそ何の役にも立たないであろうあらゆる疑問が脳裏をかすめ、かすめた瞬間には消えていく。

 

そしてまた私は、繊維強化プラスチック製マネキンの顔面を見る。

 

繊維強化プラスチック製マネキンの顔面は言う。

 

『服を買うということは、つまり、戦うということです。』

 

 私は、息を呑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お客様~、何をお探しでしょうか~?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう。

 

 

戦いののろしは、突如として上がり出した。

 

 

私のやや斜め後ろというなんとも絶妙な位置に、それは初めから私がここに来ることを知っていたかのようにして、空前絶後超絶怒涛の予知能力を持つ女性アパレル店員が、今、私のやや斜め後ろに現れたのだ。

 

 

「い、いや~、ちょっと見ているだけです」

 

 

見ているだけ。見ているだけだということを、私は繊維強化プラスチック製マネキンの顔面を見ながら、私のやや斜め後ろでニコニコしている女性アパレル店員に言った。言ったというよりかは、懇願した。「い、いや~、ちょっと見ているだけです」という、たった18文字の言葉に、私は、「すいません、これ以上の深入りはご遠慮下さい」という最大の願いを込めた。人生でたった一度だけ願い事が叶うなら、私は間違いなく「アパレル店員に絶対に喋りかけられない才能が欲しい」と、そう願うだろう。

 

 

伝われ。私の叫びよ。私のやや斜め後ろでニコニコしている女性アパレル店員に伝われ!アイムジャストルッキング!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしかして春コートをお探しですか??あ!このコートなんかは人気ですよ~、特にこのツヤ感のある素材なんかも好まれててdhsンジャンdsk;じゃにsjはおいjsどふぁjsjk:」

 

 

 

 

 

「あー、はい」

 

オウマイガッアイムジャストルッキングオウマイガ!もしかしてのもしかして私はあなたに関わってきてほしくなかったりします。アイムファイン!!!いや別にあなたのこと嫌いとか全然そういうアレでは全くないんですけれども、ちょっとあの私コミュニケーション障害ステージ4という病気をこじらしてまして、あの、余命あと4か月なんです。ステージ4なんです。

 

そして私はいつの間にか必殺技をかましていたことに気付く。繊維強化プラスチック製マネキンの顔面を凝視しながら、私は必殺技『あー、はい』を炸裂していた。春コートに関することを語っていた女性アパレル店員を、「あー、はい」で一蹴してみせた。

 

 

しかし、

 

 

「10代男性、特に大学生の最近の人気コーデとしてはやっぱりんlksdjんだlzmそだfjsぁkfs;ぁk;s;」

 

 

 

「…あー、はい」

 

 

 コイツ、なかなか強い。必殺技を二度もかましてしまった。しかし、どうして必殺技が効かないのだ?コイツを前に、必殺技「あー、はい」はもはや必殺技でもなんでもなかった。ただの「あー、はい」でしかなかった。

 

 

「私イチオシの春コートとしてはやっぱりkldsjじょるslmぁkmslkじょv:あ;lskjdl;あ:」

 

 「あ、へー」

 

店員からしたらとんでもなく嫌な客だろう。なんでこんなふて腐れた若造にこんな態度されなきゃいけないのと、そう思っているはずだ。なんでコイツマネキンの顔面ばっか見てるんだと、そう思っているに違いない。絶対このあと更衣室で愚痴られるヤツだ、あーどうしようマネキンになりたい。

 

 

「ああjsjkdkんkslzんm;lksjぢおjf:あおwkじゃ:あsdk」

 「ふむふむ」

 

確かに私はコミュ障だ。確かに私はコミュ障だけれども、どうして私は、アパレル店員に対してはこれ程までにコミュ障ステージ4を炸裂してしまうのだろうか。ヒッチハイクをすることで、他人の目などは基本的に気にしないようにはなったけれども、コミュ障だけは克服することができなかった。できなかったけれども、アパレル店員に対しては、コミュ障が顕著に表れているように思う。

 

「fほあいshづいふぁhsdlkmsdl;zじょs:ぢじゃsd;lld、。」

 「へむへむ」

 

もしかしたら私はコミュ障ステージ5(アパレル店員特化型)に突入してしまったのかもしれない。ついに来るところまで来たと、そういうわけか。

 

 

「あkjsdんふぁsdヵfjlskdjふぉありえwjl・あ、msぁkmsldkmclz。・」

 「ほむほむ」

 

 

 

 

 

 

あぁ、ダメだ、もう、耐えられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すいません、この春コートください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、負けた。

コミュ障を思う存分炸裂し、為す術もなく、敗北した。自分がコミュ障であるということを強く認識させられると共に、その認識の中での私と現実の私との間に介在する圧倒的な実力差、それによるコミュニケーション障害自我非同一性障害R-2と舌筋(ぜっきん)、左脳とのホルモンバランスの乱れが併発し、マネキンになりたいとさえ思った。

 

 

 

 

敗北を喫し、項垂れている私に、繊維強化プラスチック製マネキンは言った。

 

 

 

 

 

『ありのままのあなたでいいですわよ』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、マネキンになりたい。

 

 

 

 

 

 

 

~完~