『行きたいところへ行ける肉体』と『生きたいと強く願う精神』

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正月が終わってから再びノープランヒッチハイク旅に出た私は、先日まで滋賀県草津市あたりまで行っておったのですが、とてつもない寒波の影響で(?)案の定体調のほうを崩しまして、下痢、発熱、激しい嘔吐に思う存分痛めつけられておりました。

あの頃は、冷えた体を温めて疲れた体を癒すためにのんびりと銭湯に入っておったのですが、銭湯に上がった直後から内臓がずっしりと重くなるような感覚を覚えまして、突如として吐き気を催すようになり、トイレで1回、ゴミ箱で1回吐くこととなりました。(その後ネットカフェでもう一回吐くこととなります。)十年ぶりくらいに自分の吐瀉物と対面し、死にたくなるような気持ち悪さを想起して、食道が破裂するんじゃなかろうかと思う程に強烈な嘔吐に襲われた私は、頭の中が吐瀉物色に染まったまま思考停止し、約13時間ネットカフェでぐったりしておりました。

今現在は自宅で療養し、ノロウイルスらしき症状も収まって、(天気予報を見ながら)今週の金曜日には再出発しようと考えているところでございます。

本日も引き続き、感じたことを3000字以内で綴っていこうと思います。

 

病院には行かない

私はもう何年も病院に行っていない。このたびノロウイルスらしき症状に苦しめられたけれども、私は病院には行かなかった。祖母のお見舞いなどの理由で病院に訪れることは極々稀にあるけれど、私が患者として病院に行くということは、今後おそらく、死ぬまで、一生、無い(と信じている!)。

私が病院に行かなくなった理由は、中学生の時に体験した入院生活にある。亜急性壊死性リンパ節炎という病気で、熱が何週間も続いた。食欲が無いので病院食も食べられず、トイレに行こうとベッドから降りれば、立ちくらみによって目から光が失われその場でへたれこんでしまう。おまけに私が居た病室は小児科用だったために、相部屋には幼い子供が多かった。向かいのベッドでは幼い子供が口からチューブを詰められギャン泣きし、子供をあやすために必死な母親の声がカーテン越しから聞こえてくる。あまりの辛さに耐えかねた私は、夜に一人ですすり泣くこともあった。そして私は誓う。「病院には行かない」

 

自然治癒と共に生きる。

人間には素晴らしい能力が備わっている。自然治癒力だ。放っておけば治っていく。ノロウイルスらしき症状も自然に治っていった。(個人的に嫌な表現にはなるけれど)言ってみれば、体そのものが病院みたいなものではないか。ならばわざわざ病院に行くこともなかろう。私は、自然治癒と共に生きる。

 

医療は強い

最悪の入院生活を体験し、かなり極端ではあるけれど、私は病院には行かないと誓った。病院には行かないけれども私は、医療というのは素晴らしいものだと思う。まだ生きることのできる命を救うことができる。まだ生きたいと願う命を生かすことができる。もう生きたくないと願う命をも生かすことができる。医療はまだまだ完全ではないかもしれないけれど、強い。その強さを信頼しているからこそ、私は自然治癒と共に生きる!などと強気になれる(のかもしれない)。

 

『行きたいところへ行ける肉体』と『生きたいと強く願う精神』

WHO(世界保健機関)が定める健康の定義とは『病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること』である。私には社会的な健康という難しい事はよく分からないけれど、肉体的な健康と精神的な健康なら分かる気がする。それは、『行きたいところへ行ける肉体があることと、生きたいと強く願う精神があること』なのだと思う。行きたいところへ行けないならばそれは、肉体的に不健康であるということであり、生きたいと願うことができないならばそれは、精神的に不健康であるということである。そして『死』というのは、どちらか一方極端に不健康となった状態かもしくは、肉体的にも精神的にも不健康となった状態を言うのだろう。

 

エネルギッシュ

 私の祖母は70代であるにも関わらずバリバリ仕事をこなしていて、ラジオ体操やウォーキング、絵画や太極拳など、肉体的にも精神的にも極めて健康である。そのような祖母を見て私は、健康の秘訣は運動にあるのだという周知の事実を再確認した。アクティブに、エネルギッシュに活動する人は、それ見ている人にも確かなエネルギーを与える。スポーツ選手(最近ではマラソンランナー)を見て元気をもらうのも、健康な人から溢れ出るエネルギーを見るからだ。

 

 【元気(げんき)】~元気はまわりに連鎖するもの~

この世界にある物にはすべて「気」が宿っています。私たち人間だけでなく、花や木などの自然、物にも「気」は宿るのです。そして、その「気」がいきいきとしている状態を「元気」といいます。

私たちの体や心が元気なとき、前向きな力があふれ、いろいろなことにチャレンジすることができます。そして、そういう姿は波動のように伝わり、まわりの人も元気になっていくのです。

もしも、あなたのまわりに元気がない人がいたら、声をかけてみてください。また、あなた自身に元気がないときは、一人で閉じこもっているよりも、まわりの人と話したり、ふれあいを持ってみましょう。ちょっとした会話でも元気をお互いに分け合うことができるのです。

~武山廣道『くり返し読みたい禅語』~

 現代の医療は素晴らしいと思うけれども、私は最悪の入院生活を体験してから病院には行かないと誓った。人間は生まれながらにして自然治癒力という最強の能力を備えているのだから、私はその力を信じたい。人は『行きたいところへ行ける肉体と、生きたいと強く願う精神』があれば大丈夫だ。そしてそのような人(心身共に健康な人)からはエネルギーが溢れ出て、周囲の人間にも確かなエネルギーをもたらしてくれる。健康が第一だ!

 

 京都府京都市鴨川沿いを歩く。

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葉が一枚もついていない桜の木の枝や柳の木の枝が、まるで人間の毛細血管のようだ。

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『行きたいところへ行ける肉体』と『生きたいと強く願う精神』