いついかなるときでも人の体は生きようとする。

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16日(金)から私は、岡山県高梁市で多品目栽培をされている農家さん(以降Mさん)に住み込みボランティアとして働かせていただいておりまして、「今日の宿がない!」、「風呂に入れない!」といったことで悩むことはしばらくございません。宿があり、食べるものがあり、風呂に入れるという何気ない日常に幸せを噛み締めながら、生きている!という実感を強く強く感じながら、楽しい毎日を過ごしております。(過去記事:たまにでいい。何気ない日常を見つめ直す。 )

本日も引き続き、感じたことを3000字以内で綴っていこうと思います。

 

いついかなるときでも人の体は生きようとする

私は昔から少食で、一度の食事で多くの飯を食べることができません。しかし、12月から旅に出てからというもの、私のお腹の奥底で眠っていた食欲がようやく目を覚ましたのでしょうか、食欲が猛烈に沸き起こって参りまして、今現在お世話になっておりますMさん宅の飯をガツガツ食べさせていただいております。

今では食べても食べてもすぐにお腹が減り、胃の消化スピードも格段に上がったように感じておりまして、「このまま食べ続けていれば、体重も増えるんじゃないのか!?」と、お正月あたりに体重計に乗ることが楽しみとなっております。(参考記事:【デブ活】今一番欲しい物。それは体重と言っても過言ではない。 )

生きているという実感を得ることにはかなりのエネルギーを使うのだろうなということを身に染みて感じております。食べるものを求めて、今晩寒さをしのげる場所を求めて、何の目的もなくノープランヒッチハイク旅をすることに私は物凄く生きている実感を感じておるのですが、やはりそれには(好きなことをするには)かなりのエネルギーを消費するようでございまして、だからこそ私の体は「生きてるぜ!もっともっと生きていこうぜ!」と、腹の奥底に眠っている食欲を目覚めさせたのだろうと、私は勝手に解釈しております。

そして食欲の覚醒とともに、人間の体はいついかなるときでも生きようとするのだなということを強く感じるようになりました。「死にたい!自殺したい!」心の中ではそう思っていても、心臓は動き、血液は身体を駆け巡り、眼球は光を集め、脳は世界を認識する。私は、いついかなるときでも生きようとする私の体を頼もしく思っております。

 

思考が好きなこと一色に染まる

 Mさん宅では常に農業のお話しが飛び交っております。なかでもMさん宅で働いてらっしゃる従業員さん(以降Hさん)とMさんとの農業談義が凄まじく、お二人の農業に対する情熱を、私は間近でひしひしと感じております。

好きなことに夢中になっている人というのは、思考が好きなこと一色に染まっておりまして、四六時中そのことばかり考えるようになるのでございます。私はそのような人たち(何かに夢中になっている人たち)が好きで、いわゆる「オタク」と呼ばれる人たちに物凄く興味があります。私は、「オタク」ほど人生を楽しく生きている人間はいないとも思っておりまして、人が皆、何らかの「オタク」になれば、これほど面白い世界はないだろうなと夢想しております。

 

【一行三昧(いちぎょうざんまい)】~ひとつのことを無心に行う~

禅でいう「三昧」とは、精神を集中して物事にあたることで、「一行三昧」とはひとつのことに精神を集中して行うことです。例えば、仕事をしているときは仕事にだけ集中する。食事をするときは食べることに、遊ぶときは遊びに集中する。これらすべてが一行三昧です。音楽を聴きながら仕事をしたり、テレビを観ながら食事をしたりすると、一度に二つのことができて時間を有効に使っている気がしますが、どちらも中途半端にしかできず、満足のいく結果が得られないものです。

~武山廣道『くり返し読みたい禅語』~

好きなことに夢中になっていて、思考が好きなこと一色に染まっている人からはエネルギーが溢れ出ます。一行三昧であるということは、エネルギーを放つということであり、だからこそ自分の満足のいく結果を出せたり、成果をあげたりすることができるのだと思います。

そして私の体も、すなわち人間の体も、【生きること】ただそれだけに集中しているという点で一行三昧をしております。だからなのでしょうか、生きている人間の体には温もりがあり、死んでいる人間の体には温もりがない。人間が生きているということは、人間の体それ自体が一行三昧をしているという証拠なのでございます。

 

伊坂幸太郎『夜の国のクーパー』

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これは岡山の大学に通う先輩から頂いた本でございまして、猫という視点から、人間の素晴らしい部分であったり、愚かな部分であったりが丁寧に、そして呑気に描かれております。夜に読んでいると、なんだか誰かにお話しを聞かされているような不思議な感覚に陥って、思わず眠たくなってしまうというのもこの本の魅力(?)でございまして、魔訶不思議な物語に浸ることができます。ぜひ、読んでみてください。

耳の裏側を後ろ足で掻き、前足を舐め、その唾のついた足で今度は目を撫でる。尻尾が顔のすぐ横で揺れる。意思とは無関係という意味では、尻尾の動きも同じだった、こちらの意思とは無関係に動く。揺れて、くねり、立ち上がり、時に膨らむ。つかず離れずの友人といったところかもしれない。「警戒したほうがいいぞ」であるとか、「怒れ!」であるとか、僕の感情を先回りし、表現してくれる。それが、尻尾だ。

きっと僕がいつか死ぬことがあっても、それは非常に残念な時ではあるがいつかやってくる場面ではあるだろう、とにかくその時にも、鼓動を止め、動かなくなった僕の体を、僕の尻尾がそっと撫でてくれるのではないか。そして、泣いてくれるのかもしれない。

~伊坂幸太郎『夜の国のクーパー』~

 

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スナップエンドウ。

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霜が降りて、中の水分が凍ってしまって見た目が悪くなってしまうこともある。

ビニールハウスの補強作業を手伝う。

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収穫したにんじんをにんじん洗い機で洗浄。

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ピカピカツヤツヤにんじんの出来上がり。

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 いただいた瀬戸ジャイアンツが美味しすぎる。

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いついかなるときでも人の体は生きようとする。

 

ではでは、おつぽん!