クソガキがエンタメになればいい。

 

 

この世は多数派が必然的に勝つようにできている。多数派の人間は少数派の人間を見ていないのではなく、見えていない。『見ていない』と『見えていない』、この違いは圧倒的である。しかし、私はいわゆる、遮光カーテンを閉められたことに憤慨している訳ではない。ただ、「そうか…そうだよな…(俺が女性だったら俺もそうする…)」と、そういうことを思っただけである。

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無理をする必要はない。取り繕う必要はない。頑張る必要はない。嘘をつく必要はない。見栄を張る必要はない。表面的で薄っぺらいものを身に付ける必要はない。

 

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 和歌山県最南端の『潮岬』というところまで行けたらいいなあ、そこで美しい夕日を眺めながら野営ができたらいいなあということを思いながら(方角だけを書いて)ヒッチハイクをしていたが、見事に行くことができなかった。1日目は和歌山県の圧倒的北部にある岩出市の川沿いに、2日目は同じく圧倒的北部にある和歌山市の海岸沿いにテントを張ることになった。しかし景色の方は素晴らしかったので、ここで共有したいと思います。

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狂った音を発する人には、本当の音【本音】を聞かせる必要がある。

 

 

人の発する言葉を音として聴く。何気ないことを言っていても素晴らしい音を奏でる人もいれば、綺麗な言葉を使っていても狂った音を発する人もいる。素晴らしい音を奏でる人は、純粋に人と話していることを楽しんでいて、狂った音を発する人は、単に寂しさを紛らわせているだけ【1人でいることに耐えられないだけ】である場合が多い。私はそういう人と一緒にいると露骨に態度に出してしまうのだけれど、これは別にその人のことが嫌いであるというよりは、そうすることでしか寂しさを埋め合わせられないその人に対して「お前は寂しいんだな」というある種の同情の念を抱いてしまっていて、なんというか、「頼むからしっかりしてくれよ」と溜息混じりに呆れているという感覚に近い。

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